水焔

彼は、約十分にわたる、濁流へと降り注ぐ豪雨の音と、
どこか遠くの方で時折鳴り響く雷鳴を録音した音源を
延々とリピート再生しながらよくものを書いた。

 

その音は、彼の集中力を鋭く高め、こころを静謐な状態に保つと同時に、奥底の方からじわじわと静かに高ぶらせる効果を合わせ持っていた。
音を聞いている時はいつも、腹の中に、飛沫をあげながら浮かぶ、水塊でかたどられた焔を感じた。

 

彼はずるい人間の矛盾した言葉を忌み嫌ってはいたが、

相反する言葉の繋がりのもつ矛盾の、ふしぎな心地良さや、
自然現象に惹かれる所があった。

予定調和やステレオタイプにすこしうんざりしていて、
心地よいと感じる程度の矛盾や違和感を求めていた。

 

例えば、
青く晴れ渡る空から、突然叩きつけられる通り雨には
妙な興奮を覚え、嬉々として打たれた。

テレビに映し出された、
ギラギラときらめいた舞台にはむしろ安っぽさを感じ、

薄暗く、蒸せかえるような、小さな箱。
バンドマンたちの、荒々しくも美しい、本能をむきだしにしたような、
その場所の持つ、すえた匂いからは高尚なものを感じ取った。