女湯という心地の良いフレーズについて

女湯。

この単語を目にすると、

どうしてこうも心が沸きたつのだろうか。

それはこの「女湯」が、決していやらしさだけを想起させるのではなく、

温泉または銭湯のほっこり感、あたたかみ、清潔感、石鹸の香り、安心感、、、

こういった湯のもつ独特の心地の良いイメージ達と相俟って、その湯けむりの奥にチラチラと見え隠れする甘美なる秘密の花園を連想・妄想させるために、得も言われぬ幸福な心境をもたらすのではないだろうか。

さらに、赤い暖簾に白の温泉マークも加われば、より効果的。

男湯。ではダメである。

私たちは絶対にあの青い暖簾しかくぐれない。

その厳しくも悲しい事実が、毎回くぐっていて馴染み中の馴染みなのにもかかわらず、青い暖簾と男湯という単語にはガッカリ感しか抱かせないのだ。